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2013年1月22日火曜日

退職金カットの謎

勤め先の大学法人当局は、「国からの要請により退職手当の至急基準を改正」し、2月から段階的に引下げると言ったきた。それによると、今年2月から9月までに退職する者については、現行の59.28ポイントから55.28ポイントへ引下げるとのこと。

この3月に定年退職の予定でいる人の場合は、今月中に退職すれば現行のポイントの満額が支給されるが、しかし3月定年退職なら4ポイント減額。より長く、定年の最後まで仕事をすると退職金を減らされることになる。

これはおかしい。どういう理屈でこんなことができるのか、理解できない。会う人ごとに聞いてみるが、「変ですね」という人はいても、筋の通った説明をしてくれる人はいない。この僕が3月にめでたく定年退職の予定でいたため、少しアタマがおかしくなっているのかもしれないとも思って、「おかしいと思う僕の方がおかしいのでしょうか」とも聞いてみるが、「いやぁ、気持ちは分かりますよ」といった反応ばかり。

同様の退職金減額が行なわれようとしている埼玉県では、教員がボロボロと辞め始めているという。ぼくもそうするか、、、。しかし、退職金という重要な労働条件にかかわる不利益変更なのだから、それだけでも労働契約法違反が問題になる。それに加えて、朝日火災海上保険事件最高裁第3小法廷1996年3月26日判決は、退職金についての不利益変更を遡及適用することは許されないとしている。やはり闘うのが筋だろう。

数週間後、僕は「**大学退職金ちゃんと払って訴訟原告」なんてことになるのか。せっかく和らぎ始めたアタマの重苦しさが、またまた戻ってくる気配がする。

2013年1月21日月曜日

漢方の驚異



長らく悩まされていた頭のモヤモヤが出なくなった。どうやら新たに処方してもらった漢方薬のおかげらしい。

この頭のモヤモヤは、法則性なく襲ってくるもので、重くなると目眩も伴っていた。コールタールのガス(自然界には実在しないだろうが)のような重い気体がアタマの中を漂っているような、アタマに血の巡りが悪くなるとこうなるのではないかと思われる症状だ。これが重くなってくると、頭を何かにもたせかけずにはいられなくなる。更に重くなると、もういけない。横になるしかない。頭痛の辛さが痛さであるのに対して、この辛さは重苦しさである。寒さと疲れが症状をより悪くする傾向があるようではあるものの、そういった条件がなくても前兆もなしに襲ってくることもあるので困った。

そのモヤモヤが、漢方薬が替わった後、一日をおかずに出なくなった。生活の送り方、天候や外部環境が変わった訳ではない。どうしても新しい漢方薬のおかげとしか考えられない。

とするとこれは感謝感激である。まるでポパイのほうれん草のように元気が戻ってきた感じもする。少し単純に過ぎるかもしれない。

処方して下さったのは、僕と同い年の岡田研吉先生@本郷鐙坂医院

葛根湯、釣藤散、呉茱萸湯などのエキス顆粒に、川きゅう茶調散やら色々をあれこれ混ぜたものを毎食間3回飲むというもの。

2013年1月12日土曜日

7月参院選の憂鬱

先の総選挙は、この間の構造改革・福祉解体と9条空洞化に反対してきた左派:共産党・社民党が深刻な後退を重ねた点もで注目されるものでした。比例区で、共産党は368.9万票、社民党は142.1万票の得票で、これはそれぞれ前回2009年総選挙の得票(498.4万票、300.6万票)から125万票、158万票も減らすものでした。2010年参院選挙の比例代表得票がそれぞれ356.4万票、224.3万票でしたから、共産党は300万票台への後退を脱することができず、また社民党はこの2回の選挙で80万票ずつ後退したことになります。ある人は、社民党も共産党も、議会政党として存亡の危機にあると見ています。

              共産党            社民党
1996
726.9
354.7
1998
819.5
437.1
2000
671.9
560.3
2001
432.9
362.9
2003
458.6
302.7
2004
436.3
299.1
2005
492
372
2007
440.8
263.4
2009
498.4
300.6
2010
356.4
224.3
2012
368.9
142.1
2013



共産・社民の衆議院選挙比例区、参議院選挙比例代表(区)の得票(単位万)


新政権の金融緩和策がすぐにデフレ脱却・景気回復の様相を呈することがなくても、7月の参院選挙で左派の得票が挽回することはないでしょう。とすると、参院では自民+維新3分の2以上の議席をとることがなくても、この右派連合が次の解散・総選挙のイニシアチブをとることになるのは確実でしょう。そして次の総選挙でも共産・社民は更に後退・消滅し、その段階に至ったならば改憲勢力が明文改憲を政治日程に乗せてくることは大いにありうることであるように思われます。

こんなことを心配するのは僕だけではないようです。佐川光晴さん社会的な平等を求める勢力をどう築き直していくのか、私も本気で取り組んでいこうと思っています」と書いたり、加藤哲郎さん「非核・非戦」勢力を総結集した、虹色のネットワークを作ろうと呼びかけています。

そして、7月の参院選の比例代表の非拘束式名簿では、原発推進・日米同盟強化・新自由主義改革に反対する諸勢力「共同リスト」を作るべきだという声もチラホラ出始めています。

しかし、こうした提案が今度の参院選で実現する可能性は殆どないと、僕には思われます。というのは、
左派の中で現時点で最も大きな組織と強い「集票力」をもってい共産党は、自党の議席や得票が増える等の利益を伴わないことには応じないという経験則があると思われるからです。その共産党が選挙協力の応じなければ、こうした提案の効果は殆どないものになります。


なぜ共産党が「共同リスト」などのようなリベラル派・左派の共同の提案に、これまで応じてこなかったのか。それは同党にとっては、同党と支持者層が重なるか近い政党派がつぶれることは、その票が同党にまわってくることが期待される事態なので大歓迎だからだと推測されす。これはこれで至って合理的な判断です。


そうではあっても、左派の国会議席がこれ以上に減ることは、現憲法が定める平和・自由・民主主義の諸原則の実現と発展を望む者にとっては大変に深刻な事態です。それは現実政治でどんなに酷いことが行なわれ・行なわれようとしても、そのことが国会で問題になりもしない(国会によって食い止められることは期待ないとしても!)ことを意味するからです。

さて、どうしたらよいものか、、、

2013年1月5日土曜日

派兵一般法と集団的自衛権行使解禁へ

明文改憲が当面の政治日程に上ってこないからとしても、憲法を変えようとする政治の動きが止まっている訳ではないようです。、

昨日1月4日付けの日経は、「自衛隊と米軍 協力拡大」「日米同盟強化へ検討」「指針見直し、世界に派遣」の見出しで、海外派兵を随時可能にする「恒久法整備が焦点」とのワシントン=吉野直也記者の記事を1面トップに掲げていました。月末にも予定されている安倍首相のワシントン詣ででは、ガイドライン見直し・派兵恒久法制定・集団的自衛権行使の3点セットの約束がオバマ大統領へのお土産になるとの観察です。

(日経の電子版記事は有料のため省略)

他方、昨日の産経は、「防衛費1000億円上積み 政府・自民方針 現行大綱、中期防は凍結」と報じていました。


年末12月27日の記者会見で小野寺防衛相は、首相からの「米国の新国防戦略と連携して自衛隊の役割を強化し、抑止力を高める」との指示にもとづき、
1)防衛大綱・中期防の見直し、
2)8月のパネッタ国防長官の要請に森本前防衛相が合意していたガイドライン改訂 
3)政府レベルで集団的自衛権の行使容認についての検討

に取組むことを明らかにしていました。

年明けの1月2日と3日に、時事通信と共同通信は「防衛指針再改定」の動きを報じています。


オバマ政権は「軍事と財政はトレードオフ」関係にあるとして、同盟国への軍事負担転嫁を一層に強めています*。安倍政権は、この米政権の姿勢に取り入ることによって「日本を、取り戻す」エンジンを始動させたようです。新聞報道では「日米同盟の深化」とか「安全保障での協力の強化」と評されていますが、しかしその中身は既に一体化している両国軍の態勢の中での自衛隊の負担役割を一段と拡大することでしょう。
「同盟の深化」とか「協力の強化」という表現は、あたかも自衛隊が米軍から独立した自己完結的な軍事組織であることを前提しているかのようで、今すすんでいる事態の実態を理解することの妨げになります。

* Global trends 2025 : A Transformed World, 2008.
Quadrennial Defense Review Report (QDR) 2010. 

参院選挙以降には、早くも派兵恒久法、集団的自衛権行使(国家安全保障基本法)が政治日程に浮上してくることになりそうです。7月の参院選挙でも改憲派はある程度は改憲キャンペーンを張り、それが主な争点にならなくても彼らが選挙に勝てば、こうした法律制定への動きは加速されるでしょう。来年以降にこうした法が成立すれば、この国は憲法第9条があろうと、いつでも国外に派兵し、武力を行使する「普通の国」になるでしょう。

7月の参院選挙では明文改憲は争点になりません。そこで改憲派が勝っても明文改憲が直ちに政治日程に上るわけではありません。しかし、そうなれば少なくとも憲法9条を決定的に骨抜きにする立法が政治日程にのぼることは確実でしょう。明文改憲ばかりに注目して警戒することは、何とも見当外れなことだと思われます。

2013年1月4日金曜日

明文改憲はまだ先

第2次安倍政権の出発に際して、この筋金入りの右派の政権は先に挫折した明文改憲を、今度こそ実現すべく突き進むのではないかといった警戒が各方面から出されていた。

明文改憲が再び政治日程に上ってくるのだろうか? しかし、僕の見るところでは、当分の間はこの明文改憲が政治日程に上ることはない。


まず第1に、自民党が勝った理由に民主党に嫌気がさした票が流れたという消極的理由以外のものを挙げるとしたら、それはデフレ脱却による景気回復への期待があるだろうから、4月の日銀白川総裁の任期切れをはさんで、まずは金融緩和に頑張らなくてはならない。第2に、5月の連休明けで来年度予算を成立させる必要がある。第3に、6月の通常国会会期末までに評判の悪い衆院選挙制度「改革」をやらなくてはならない。そして、7月末には参院選挙。とすると、ここまでの間に改憲をもち出すことはできない。

そして、参院選挙では改選120議席のうち100をとらないと改憲発議に必要な3分の2に達しない。維新やみんなの党と合わせ、改憲派が3分の2を確保する可能性はないわけではない。とはいえ、参院選挙開けの8月には社会保障制度改革国民会議の「改革」案、10月には14年4月からの消費税引上げについての判断と、それなりにきつい政治課題がある。仮に、改憲発議議席が確保できても、やはり改憲には直ぐには取組めない。

参院選挙でも改憲発議要件の緩和とか、集団的自衛権行使解禁、首相公選、参院廃止など憲法に関わるキャンペーンも行なうだろう。しかしそれは直ちにそれらの明文改憲に取組むためではない。

では、憲法について何もやらないかというと、今日の報道を見ていると、どうやらそういう訳には行かない様子だ。
、、、とここまで書いたら何と23時になってしまった。老人はとうに眠っているべき時刻なので、また明日。お休みなさい。


2013年1月3日木曜日

2012年後半の読書から

秋以降、気温が下がる中でPHNに振り回されたため、横になって読むことがふえた。そんなためもあって軽い本ばかりを読んでいた。軽いといっても内容がではなく、目方が軽い本である。

ローザ・ルクセンブルグ、大島かおり訳『獄中からの手紙 ゾフィー・リープクネヒトへ
みすず書房、2011年


グロスマンの後遺症で読んだ。若い頃のぼくは、彼女の手紙の中でも、このゾフィーへの手紙の方は見向きもしないで、ルイーゼ・カウツキー宛の手紙の方を読んでいた。その中にある政治実践的メッセージや理論にかかわる記述の方が大事だと思っていたのだ。しかし歳をとったからか、体調も衰えていたためだろうか、夕暮れの輝きを讃え、敷石の間からのぞいた草を慈しむ彼女の手紙を読んでいると、忘れかけていた優しい気持ちがどこか奥底からわき上がってくるのを覚えた。

すぐに連想したのがグラムシの獄中からの手紙のすばらしさだ。彼ら2人の牢獄からの手紙がすばらしいこととと、彼らがコミュニストであったこととは何か連関があるのだろうか。コミュニズムの運動が死滅して行ったとしても、彼らの手紙はその先まで残るだろう。これは考えさせられることだ。

NHK取材班『あれからの日々を数えて 東日本大震災・一年の記録』大月書店、2012年



若い記者たちが大災害の現場の1年を追った記録。ここで取材された人々の高潔さを前にすると、やれ維新だ、再稼働だ、同盟強化だとしたり顔でまくしたてている連中がグロテスクな化け物に見えてくる。しかし、12月16日にはこの化け物連合が勝ったのである。あの選挙結果を、ここに報告されている被災した人々の生活の現実と繋がった一体の現実として捕まえることが僕にはできていないことを思い知らされた。
豊下楢彦『「尖閣問題」とは何か』岩波現代文庫、2012年
「文庫オリジナル版」とあるが、雑誌「世界」に書かれた論稿をまとめたもの。極右「暴走老人」が仕掛けた「国有化」が、使われていない米軍射爆場の2島を除いていることや、米国政府が領土問題には中立の立場をとっていることの意味を解き明かしている点だけでも読むに値する。しかし、本書の価値は、現在の領土問題の所在を、45年ヤルタ密約、51年講和条約、71年沖縄返還と、戦後の東アジア国際関係の歴史的展開の中から明らかにすることによって、説得的に“戦略的”な解決方向を示している点にある。『イタリア占領史序説』『日本占領管理体制の成立』(1992)などで世界的視野から戦後国際関係を実証研究してきた筆者の本領が発揮されているように感じた。「尖閣問題」を規定する主旋律は米国のヘゲモニーであり、日本の歴史問題が不協和音として絡むということになろうか。この問題は、一方では冷戦に代わる新しい軍事的緊張関係を東アジアに生み出す可能性をもつと共に、他方では経済関係によって余儀なくされる平和的解決努力が、それが依って立つ正当性根拠の規範への引上げを促す可能性ももつのではないか。一読すると、そんな夢想が広がってくる。