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2010年1月31日日曜日

おかしな新聞報道


がっくり来た。一人暮らししている義母のところへ行って、昨秋亡くなった義父が残したものを整理していると、何と兵役にとられていた時の写真が一杯に貼られたアルバムが出て来たのだ。母も知らなかったという。僕は、かねてから父に兵隊時代のことを聞こうと思い、随分に周辺事情を下調べしていた。何せ2度も兵役を勤めているのだ。

母は、「私も立派な戦争被害者よ。お父さんのうなされた声には随分に悩まされたもの。何しろ夜中に凄い声をあげるんだから、眠れやしなかった。あれが治まってきたのはいつ頃だったかなぁ、、、そうよ、Aが小学校へ入る頃くらいまでよくあった」と言っていたのだ。随分に辛い経験をしている筈だ。そう簡単には話してもらうことはできまい。どうやってきっかけを作るか。写真でもあると良いのだが。こんなことを考えていた。

父は、軍でもらう僅かなカネを写真につぎ込み、戦友達の写真を撮っていたらしい。「喜んでもらえるからって、人の写真ばかり撮って、自分じゃ写っていないのよ」と、アルバムを繰りながら母はぽつりと言った。ただ仲間が喜んでくれることが嬉しかったから、、、如何にも父にありそうなことだ。しかし、もしこのアルバムを僕が知っていたなら、これを手がかりに色々を聞き出すことができたかもしれない。残念。



昨日、日比谷公園で普天間基地の閉鎖と新基地建設に反対する集会があった。最近のこの問題での集会としては、比較的に多い6千人が集まったという。ところが、全国紙の殆どの新聞がベタ記事扱い。「毎日」に至っては報道せず(いかに落ち目だとはいえこれはひどい)。
「しんぶん赤旗」も、主催者が「フォーラム平和・人権・環境」(平和フォーラム)という共産党とつながりの薄い団体が中心だったためか、無視。「日経」や「産経」でも出しているのに、このケチな根性には今更ながらあきれる。さすがに沖縄の新聞は大きく取上げているようだ。

全国紙の記者や編集部が、この問題を霞ヶ関とペンタゴンの内輪で決まる問題だと考える程度の知性しかない筈はないとしたら、これはむしろ作為的な偏向報道の一種といってよいのだろう。残念なことがあった後だったせいか、ニュースをチェックしていて少し腹が立った。

「朝日」辺野古移設反対、東京・日比谷で集会 福島党首ら参加
http://www.asahi.com/national/update/0130/TKY201001300271.html

「日経」普天間基地の辺野古移設、福島氏「社民が許さぬ」
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20100130ATFS3001030012010.html

「読売」福島・社民党首、辺野古移設「許さない」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100130-OYT1T00742.htm

「サンケイ」辺野古「社民党が許さない」福島氏が強調
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100130/stt1001301855002-n1.htm

「琉球新報」 基地ノー”銀座埋め「米国にお引き取りを」 辺野古新基地反対集会
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100131-00000004-ryu-oki
辺野古新基地に反対 東京で全国集会 6000人が決議採択
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-156599-storytopic-53.html

「沖縄タイムス」「民意聞け」 6000人の声 普天間移設 東京で集会
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-01-31_2394

「共同通信」普天間撤去を、東京で集会 沖縄の市民ら約6千人
http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010013001000389.html

「時事通信」辺野古「社民が許さぬ」=福島氏
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010013000266

2010年1月30日土曜日



余りに暖かかったので思い切って近くの植物園に梅見に行った。梅花は良かった。桜より穏やかで、香りもあり好みに合う。

しかし、入園料が330円なのは如何にも高い。高く設定して余り人が入らないようにするためか、それともこれも法人化とやらのせいなのか。この種のものは公共のものだと思っている僕には解せないことであった。

2010年1月28日木曜日



越して来てからというもの雲を眺める時間が長くなった。ともかく面白い。そして美しい。
高い買い物(おそらく僕たちには高すぎる買い物)だった。だが、交通便の良さと、この広い空を眺めることができることだけで、僕はそんなことを既に過去として忘れている。
それにしても困ったのは、雲を眺めていると面白くて仕事が手につかなくなることだ。

もっともこの世界では、雲の「鑑賞」appreciationは、すでに立派な趣味になっているらしい。生活や仕事のために雲を観察せざるを得なかった多くの人たちからすれば、いかにも贅沢な趣味だ。

http://cloudappreciationsociety.org/

2010年1月27日水曜日

何についての「一票の格差」か

昨日は午前中、少人数の授業を終えた後、都心に戻り、日弁連憲法委員会で「転換期における非武装平和主義」というでかいテーマで喋らせてもらった。それなりに準備を重ねていたのだが、予め与えられていた時間をこえて1時間半話してしまい、予定されていた質疑応答の時間をなくしてしまい、みっともなく申し訳ない次第になった。かなりめげた。そもそもが、およそ1時間半でおさまるような内容構成ではなかった。大反省。

しかし、それなりに仕込みにも力をかけたので、この際は長くなっても文章にまとめようと思う。



25日、広島高裁でも昨夏の衆院選挙における「一票の格差」について違憲判決が出た。いわゆる「一人別枠方式」が格差拡大を助長している主要原因との判決らしい。では、「一人別枠方式」を止めてしまえば問題は解消されるだろうか。そもそもこの「一人別枠方式」は、過疎地域への”配慮”からとられたものだ。そこには小選挙区制、つまり多数代表ルールとは異なる考え方からの配慮が働いている。それはつまるところ比例代表ルールに繋がる考え方ではないだろうか。

小選挙区制を前提にして「一票の格差」を解消しても、投じられる一票と議席配分との関係での格差は、つまるところなくならない。先の大阪高裁判決と共に、この判決も支持し歓迎する声が多いようだ。友人の上脇さんもその一人:

http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51317918.html

しかし、多数代表ルールである小選挙区制を前提にして、この種の違憲判決を支持することは、同時に多数代表ルールを徹底させろと主張することに繋がるのではないか。上脇さんは小選挙区制違憲論を熱心に説いてもいるので、小選挙区制を前提にした格差是正論と小選挙区制違憲論とがどうして両立するのか、どうも分からない。

http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51238905.html

選挙区ごとの「一票の格差」が問題の核心なのか、全議席の配分における「一票の格差」が問題の核心なのか。ぼくは後者だと思う。

2010年1月24日日曜日

辺野古

名護市長選挙で移設反対の稲嶺さんが勝った。良かった。



http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=14&id=1169&page=1

普天間の辺野古移転は、これでなくなったと見てよいだろう。そもそも、沖縄の米軍基地は、占領下にハーグ条約に違反して、米軍が銃剣とブルドーザーで強奪して不法に占拠し作られたものだ。歴代の日本政府がこれを認めて来たとしても、土台が不法に作られたものなのだから、普天間も移転でなく廃止、無条件返還を求めるのが筋である。

アーミテージもどこかで辺野古は無理と発言していた。「日経」は、ダニエル・イノウエ上院歳出委員長とかが、「フィリピンの米軍基地交渉では米側は合理的で寛大な提案を出したが、フィリピンは『もっと米国がカネを出すべきだ』と促し、我々はフィリピンから去った」と日本メディアに語ったと報じている。イノウエ議員の言うのは、アジア有数の基地だったスービック海軍基地やクラーク空軍基地のことだろう。まるで、沖縄米軍基地が日本の防衛(訳のわからない言葉では抑止力)のためにあるかのような発言だ。イノウエ議員は恫喝をかけたつもりかもしれない。

しかし、在沖米軍基地が日本防衛基地であったことは、かつても今も一度としてない。一貫してそれは米軍事戦略、中国と朝鮮半島をにらみ、米本土から地球の裏側という格好の位置にあって、東アジアからインド洋にかけてのいわゆる「不安定な弧」に出撃するためのハブ基地でしかない。ベトナム戦争での主要兵站基地でありB52の出撃基地であったのと同様に、イラク侵攻でもここから海兵隊が出撃している。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20100124ATGM2301W23012010.html

出て行くというのなら出て行ってもらおう。スービック海軍基地の跡地は大工業・リゾート地帯になり、クラーク空軍基地は、アジア・太平洋のハブ空港に変身しようとしている。基地を置くことの「見返り」にとつぎ込まれた補助金で地元経済は撹乱されてきた。施政権返還の時の移転費建替え密約や、今度のグァム移転費用負担のようなことは止めて、散々勝手に使ってきた米軍に、出て行くに際して原状回復の費用くらい出させるのが日本政府が次に取るべきことだろう。正式の貸借契約を結んだところでも、出て行くに際しては原状回復は借りた側が負担するのが普通のことではないか。

http://www.kusanone.org/

2010年1月22日金曜日

息抜き



職場の近くの劇場でやる『ブベニチェクとドレスデン国立歌劇場バレエ団の俊英たち』のゲネプロ稽古見学会チケットが、何と無料で手に入ったので、連合いと見に行った。メインの作品を除く2つを本番と同じに演じてくれた。なかなか良かった。

贅沢とはいえ、時々、こうした息抜きが必要なのだとつくづく思った。


ハイチで亡くなった方は11万人を超えるという。チケット代の半分を送るべきだろうか。

2010年1月21日木曜日

注目される違憲判決



4月下旬の陽気だったという。それが影響しているとは思われないが、最高裁が政教分離事件で13年ぶりに違憲判決を出した。北海道の砂川市が市有地を神社に無償提供し、使用させていた事件についてだ。

これまで最高裁は、「目的が宗教的意義を持ち、効果が宗教に対する援助・助長・促進・圧迫などになる行為」でなければ、国が係わる宗教的活動であっても違憲ではないと政教分離原則を緩やかにとらえる、いわゆる目的効果論を使って愛媛玉串料事件を除き、次々に合憲判決を出していた。

報道によると今回の判決では、目的・効果基準を持出さず、「宗教施設の性格、無償提供の経緯や態様、これに対する一般人の評価など諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合判断すべきだ」という新しい「基準」が示された。

同様のケースは全国で2千以上あるというから、この判決の影響は小さくないだろう。政教分離運動次第では、身近にある政教癒着を全国で見直す手がかりになるかもしれない。とはいえ、この判決が高裁に差し戻しをしておきながら、なお違憲状態の解消方法として無償の譲渡など、結果として宗教団体への便宜をはかることになる例を挙げているのはおかしい(それこそ目的効果論にも反する?!)。

2010年1月20日水曜日

日米安保は50年目ではない


日米安保50年と称して、2+2(日米の軍事外交のトップでつくる日米安全保障協議委員会(SCC)が共同声明を出したり、オバマ大統領と鳩山首相がそれぞれ声明を出したりしている。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/anpo50/kh_1001.html
http://www.mofa.go.jp/region/n-america/us/security/joint1001.html

http://www.whitehouse.gov/the-press-office/statement-president-50th-anniversary-signing-us-japan-treaty-mutual-cooperation-security
http://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/201001/19danwa.html

しかし、日米安保体制の開始を50年前に求めるのはおかしい。それは二重におかしい。なる程、今の条約が発効したのは50年前である。だが、これは1951年9月に講和条約と同時に締結され、52年4月28日に発効した条約が改定された日付でしかない。また、今の条約はその文言を一字一句変えていないものの、その実態は、沖縄協定、数次にわたるいわゆるガイドライン、そして近年では2005年と2006年の日米安全保障協議委員会、いわゆる2+2の合意文書によって、条文は一字一句変わらないものの、その実態は条文に規定されたものからは大きく隔たったものへと変貌しつつある。

2+2の共同声明は、「世界における共通の戦略目標を追求するために緊密に協力するとのコミットメント」「弾道ミサイル防衛(BMD)における協力進展」「部隊戦術レベルから戦略的な協議まで、政府のあらゆるレベルで緊密かつ継続的な政策及び運用面の調整を行う」「米軍の活動に対して、事態の進展に応じて切れ目のないseamless支援を提供する」が謳われ、グローバル有事につながる「周辺有事」と日本有事とを連結するものとなっている。つまり、日米安保体制の実態は、日本有事の共同防衛と「極東における平和と安全」のため基地を提供する60年条約とは異なる、グローバル有事における共同作戦とグローバル有事のために基地を提供するものへと変貌しつつある(その代表例が普天間海兵隊の移転問題)。

そして、この05/06年における日米安保体制の大転換、つまりグローバル同盟化は、いま、米国の対テロ戦争の破綻と世界金融恐慌によって露になった世界の新たな多極化状況の中で、早くもその根本からの見直しを迫られているのではないか。早い話しが、ブッシュ第二期政権の後半から米国は対中重視政策を鮮明にし、この国の政軍官財エリート層を悩ませている。

いま問題になっているのは05/06年の日米安保体制の大転換であり、それはつまるところ51年の選択そのもの(つまり米国との軍事体制)であって60年以降の安保体制ではないだろう。50周年記念というと、早合点する人には現在の安保体制はこの半世紀変わらなかったかのような印象を与え、人がつくった制度で半世紀も変わらないものはないとと考える人にも、今問題になっている日米安保体制問題の起点は60年改訂以降の安保体制であるかのような印象を与える。

2010年1月19日火曜日

政治献金禁止の早期立法化を


友人から呼びかけられて、このタイミングで政治献金について弁護士と法学研究者の共同声明に参加することにした。
政府に対する要請で、次の内容:

企業・団体献金等の全面禁止を早急に立法化するよう求める要請書

 現行の政治資金規正法は、政治団体を除く企業・団体が政治献金すること(企業・団体献金)は、「政党」または「政治資金団体」に対
するものに限って認めています。また、政治資金パーティーの主催が政党以外のものであっても企業・団体がそのパーティー券を購入する
ことを禁止してはいません。
先の衆議院議員総選挙(2009年8月30日)では、企業・団体の政治献金と企業・団体の政治資金パーティー券購入の全面禁止などをマニフェストに掲げた貴党が圧勝し、政権交代が実現しました。この通常国会中に、貴党が主導してこの法案を国会に上程するはずと期待していました。ところが、貴党の幹事長は、21世紀臨調に企業・団体献金のあり方について諮問したが早急な回答を求めていない、同時に、鳩山党首が今回の通常国会にこの法案を上程しないとも報道されています。貴党に政治とカネの仕組みのあり方についてマニフェスト通り実施して頂きたいという国民の強い期待があります。企業・団体献金が現状のままでは自民党と何ら変わりません。これは政権交代を熱望して貴党に投票した多くの国民の期待にも反します。 そこで、私たち弁護士、研究者は、貴党がマニフェスト通り、企業・団体の政治献金を禁止する法律案を本国会に上程されたく、ここに強く要請するものです。
                  2010年3月  日
◇呼びかけ人代表
弁護士
辻公雄(大阪)阪口徳雄(大阪)松丸正(大阪)高橋利明(東京)木村晋介(東京)梓澤和幸(東京)沢藤統一郎(東京)
憲法研究者
浦田一郎(明治大学教授)小澤隆一(東京慈恵医科大学教授)上脇博之(神戸学院大学教授)小林武(愛知大学教授)小松浩(立命館大学
教授)中島茂樹(立命館大学教授)森英樹(龍谷大学教授)和田進(神戸大学教授)

2010年1月16日土曜日

なぜ小沢一郎だけが

4億円の政治資金収支報告書への不記載の問題で、小沢一郎は「決して法にふれるようなことをしたつもりはありません」といっていると報じられている(朝日1月14日)。故意にやったことでなければ問題がないと言うのか。法の問題としてもおかしい。また、政治の世界は結果責任の世界だろう。

「国民も理解してくれたと思う」と、例によって「理解」などという曖昧日本語が使われている。ここでいう「理解」とは、単に意味内容が正確に分かるという意味ではなく、他人の立場、利益、気持ちをくみとり、それを受入れるという意味で使われる「理解」、あの「ご理解とご協力をお願いします」というセットで使われる言葉だ。

しかし、事務担当者だった元秘書の衆院議員や元会計責任者の公設第1秘書ら3人を逮捕しておいて、肝心の小沢本人が任意の事情聴取(いわゆる任意出頭)に応じなくても放ってあるのはどういう訳だろうか。間もなく事件の時効が来るのを待っているのか。そうして「やはり問題はなかったではないか。小沢たたき、民主党たたきは為にするもので、その影には万年与党で検察ともパイプが太い自民党がいたのではないか。検察はおかしい。これは検察ファッショといえる無謀なことだったのではないか」という、オチを狙っているのか。

あるいは、この問題で与党、野党からの民主党批判を短期的に引き出し、辺野古の行方に大きく影響するだろう名護市長選挙で民主党から社民、共産まで一致している受入れ反対候補の運動の歩調を乱し、落選つまり「辺野古の受入れ」を容認した「民意」を引き出そうとしているのか。

行政府のトップにいる首相が「検察と闘って」などと脳天気なことを軽くシャラと言っているのも、こんなシナリオが描かれているからだろうか。

2010年1月15日金曜日

ハイチ


こう何年にもわたって世界各地で大災害が続くと、神が人間を罰しているのかと思いたくなる。だとしたら随分にこの神は不公平な神だ。
なぜ、NYやロンドン、東京、パリに大災害は起こらないのか。

地震が起こりにくい所に金持ち国の大都市(日本を除いて)が位置していることには、不公正はないのかもしれない。しかし、少なくとも災害後の対応で見る限りは、とても「人類皆平等」なんて言っていられないことは確かだ。貧しい国では被害は金持ち国と比べ物にならない程に大きくなる。ここには明らかに不平等、それも神ではなく私たち人間が社会的に作った不平等がある。

ハイチの人々の現状を見て何も感じないとしたら、それは自らが災害にあった時、困ったことに遭ったとき、「助けて!」と言えないことになる。そういう感覚がこの国では広がっているのではないか。

ハイチの人々には「助けてくれ!」という権利があるし、私達にはそれに応える人間的義務があるのではないか。この他者である同じ人間に対して寄せる心、同情や我がことのように思う心、これがなくなったら社会がなりたっていくのは難しくなるのではないか。

ハイチはカラブ海地域で歴史上初めて奴隷解放の革命に成功した栄光をもつ国だが、地震以前のハイチは、絶えず米国などの干渉を受け続けた貧しい国、正確に言うと貧しくさせられた国だった。世界を襲った2008年の食糧危機の際には、泥を混ぜたクッキーを食べる人も現れた。

http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/carib/haiti2.htm
http://10e.org/mt2/archives/200804/140243.php

2010年1月13日水曜日

作り方か素材か

始めて作った味噌汁は、確か鰹節を削って出汁をとり、長ネギ、ワカメ、豆腐を具にする簡単なやつだった。出汁をとるのに夢中になり、味噌と豆腐のどちらを先にするかは覚えていない。出来上がった汁が旨ければ良いではないかと思っていた。そして若い僕には、この味噌汁はいつも旨かった。おそらく焼津の鰹節屋さんに懇意にしてもらっていた祖父経由で、良い鰹節が身近にあったのだろう。

その次に覚えているのは、高校の頃から山を歩くようになって覚えたもので、ジャガイモ、玉葱、若布、そして煮干し出汁で作ったものだ。今のようにインスタントの味噌汁はなかったから、こういうもちも良く運びやすい材料で作った。歩き回った後の味噌汁はいつでもおいしかった。

下宿をするようになってから、かの「婦人の友」の入門書(僕の親は正しい母親の姿は「婦人の友」に示されていると信じていた)で、里芋と長ネギという具の組合せを知った。この入門書が僕にとって最初の系統的な料理本だったためか、僕のレパートリーはなかなか広がらなかった。

しかし、根が無精で結果オーライを旨とするいい加減さによって、僕は1年とたたないうちに「素人料理は素材で9割決まる」と確信するようになり、作り方の方は適当派に転向した。これは実に精神衛生上も良く、ことある度に僕を落ち込みから救ってくれた。旨くない、しかしその原因は飽くまで作り方にではなく、素材の悪さにこそあるのだ。

この適当主義が根底から粉砕されたのは、結婚がきっかけだった。同じ素材で作っても連合いの作る料理の方が、明らかに旨いのだ。「結婚してから数年、呑むとお前さんは料理のことばかりを話していた」と友人から今でも言われる。余程ショックだったのだろう。

埼玉に住んでいた頃は、農協の直販場で様々な里芋を手に取ってじっくり見極めてから買うことができた。それが街中に越して来てからは出来なくなった。途端にこの二つの定番イモ味噌汁は旨くなくなった。作り方は変えていない。作り方が簡単な料理の場合は、やはり素材が決め手なのだろうか。

旨い芋類が手に入らない反動のようにこの1年凝っているのが豚肉の料理だ。幾駅も乗り継いで中国出身の人が買いにくる程の肉屋さんが近くにあるためだ。ところが、初めは「ここの肉は旨い」で済んでいたのが、「どうしたら上手に作れるか」に関心が移っている。やはり素材だけが決め手ではないと思うようになったのは、初級過程が終わりつつある証拠か。しかし、旨いものならいくらでも食べられるという時期は終わっている。あと何年間、「おいしい」と思って食べることができるのだろうか。焦る。

openDemocracyに劉曉波氏に関する論稿が出ていた。

http://www.opendemocracy.net/kerry-brown/china-and-liu-xiaobo-weakness-of-strength

2010年1月8日金曜日

中国で人権派弁護士の資格剥奪や失踪事件が頻発



知人から勧められ、『情況』09年10月号にのった時事通信外信部の城山英巳氏による記事:「『民』を恐れる胡錦濤指導部の現実と代償」を読んだ。

知らなかったことばかり。去年辺りから中国で人権派弁護士の資格剥奪や行方不明事件が頻発しているらしい。それもこれまで活動の中心にいた人たちを中心に何十人と規模での弾圧が進んでいることが推測される。遅まきながら「大紀元」とか、「日刊ベリタ」のサイトでいくつかの記事を読んでみた。




欧米では法律家を中心にいくつかの反響があるらしい。米国もグァンタナモ収容所やアブグレイブ刑務所に見られたように酷いが、中国の現状も凄まじい。この先にG2が来るのだろうか。

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200905060949183
http://www.epochtimes.jp/jp/2006/03/print/prt_d35782.html
https://ntd.sms2.servequake.com/dmirror/http/www.epochtimes.jp/jp/2006/04/html/d47559.html
http://www.chrlcg-hk.org/?cat=41